コラム

私が国際協力の仕事を選ぶまでの話③ 【世界の変化、断念、そして決断 編】

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こんにちは!イタガキ(@gakisan2)です。

約1年ぶりのコラムとなりました。というのも、この1年で私のキャリアにも大きな変化がありまして、そのあたりをご報告しようと久しぶりに筆を執った次第です。

これまで、JICA海外協力隊⇒教員⇒大学院進学⇒NGOと、紆余曲折がありながらも、運的な要素も大いに味方し、キャリアを重ねることが出来ました。

このあたりについては、過去コラムの「私が国際協力の仕事を選ぶまでの話①」「私が国際協力の仕事を選ぶまでの話②」をご覧ください。

今回はこれまであまり明かしてこなかった(特に深い理由はないですが笑)この1年のキャリアパスの変化をご報告できればと思います。

明けない夜を待ち続ける日々

過去コラム「 私が国際協力の仕事を選ぶまでの話② 【協力隊帰国後~新たな挑戦 編】」の最後でも述べていましたが、

感染症の世界的流行により、サモアへの渡航が出来ず、せっかく実施が決まっていたサモアでの教育プロジェクトがスタートできないもどかしさを感じていました。

私は、このプロジェクトのために、2020年3月に教員の仕事を辞めていました。私だけではなく、私の妻も一緒にサモアに移住するために仕事を辞めていました。

2人で無職になり、サモアに渡航もできず、とりあえずアルバイトと貯金で暮らす毎日。

と言っても、私の貯金はそれまでの大学院進学費用でほぼ底を尽きていましたので、妻の実家にマスオさん状態(無職なのでマスオ以下)で居候させていただいていました。

それでも夏が終わるころには行けるようになるのでは、と半ば強制的に自分に言い聞かせながら、「待つ」という選択肢を選びました。正確には、それ以外の選択肢など無かったのです。

分岐点は突然に

毎日、朝起きてブログを書き、昼過ぎから塾講師のアルバイトに向かう日々。

収まるどころか、ひどくなり続ける世界の感染症の流行。

何も好転しない事態に、少しだけ「これもしかしたらヤバいかも」と思ってきた矢先、一通のメールが突然私のもとに届きました。

差出人は、某開発コンサルティング会社の方。この方は、私が大学院時代に知り合った方でした。

私が昨年まで通っていた大学院は、日本国内でも有数の留学生やJICAの研修生を受け入れている大学で、毎日のようにJICAの方やコンサルの方が出入りしているような大学でした。

私もそれ目当てで入学したこともあり、毎日のように研修の見学をしていました。

そんなこともあって、JICAの方やコンサルの方とお話ししたり、お食事に行く機会がたくさんありました。

今回メールをくださったのは、そんな中でお知り合いになったお一人でした。

メールは「うちの会社の中途採用を受けてみませんか」という内容。

こんなご時世のなか、こういったお話しをいただけることがどれだけ幸運なことか分かってはいましたが、めちゃくちゃ悩みました。

なぜなら、サモアのプロジェクトは私にとって運命だと思っていたからです。

このプロジェクトの実施が決まるまでにも数々の幸運が重なっていて、「これは神様がやれって言っている!やらないと二度とこんなチャンスはない」と思っていたからです。

でも1週間だけ悩み、私は開発コンサルタントの道を選ぶことに決めました。

登る道が変わっても、目指す頂上は変わらない

私の人生の目標は、サモアの教員や教育省の方々と、サモアの教育をよりよいものにすることです。

正直、サモアのプロジェクトの実施が決まったときは、こんなに早くサモアの教育に携われるなんて最高!と思っていましたし、やれるものなら今でもやりたいです。

ただ同時に、今の私の力でサモアの教育に良い影響を与えたり、インパクトを与えることが出来る能力や経験があるのだろうか、という自問自答は常に繰り返していました。

そして私の性分として、ただ待つよりも、遠回りになってもいいから前に進みたいという思いも強く影響しました。

私が目指す頂上がサモアの教育の発展ならば、開発コンサルタントとして教育の専門家としての経験を積むことは、決して間違った道ではない、いつかこの道の先にサモアがあるかもしれない、そう思えたのです。

そして今、開発コンサルタントとしてのキャリアをスタートし、もうすぐ一年が経とうとしています。

今、私はアフリカのある国の教科書開発のプロジェクトに携わっています。

そして、サモアには国で作成した小学校の教科書がありません。

生徒の学力向上、そして教員の指導力向上には質の高い教科書が必要だと、私は考えます。

点と点が線で結ばれる、そんな日がいつか来ると信じて。。

とはいえNGOもやってます!

「キャリアチェンジしました!」みたいに書きましたが、今回断念したのはあくまで「プロジェクト」であって、NGOの活動は続けています。

一応肩書としては、「開発コンサルタント」と「NGO職員」という2枚の名刺で活動しています。

NGOの活動についても、しばらくサモアに行けないためトーンダウンするかなと心配していましたが、むしろ新たな取り組みも始まり、活性化しています!(転んでもただでは起きない!)

新たな取り組みの一つが、日本国内の離島の学校を対象とした出前授業「世界の島とつながる授業」という事業です。

こちら、先日外務省の記念事業にもめでたく認定されました!

詳細は、ルマナイサモアのHPよりご確認ください。

ということで、私のキャリアについては今後どうなるか私自身も全く分かりませんが、目指す先がブレなければ何でもアリだと思っています。

よろしければ今後とも応援よろしくお願いいたします!

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板垣 暁歩

国際協力NGOルマナイサモア所属
サモアを愛する国際協力師
2020年7月よりサモアで算数・数学教育の新たなプロジェクトをスタート予定。「教育で人と世界をつなぐ」をモットーにサモアと日本の学校をつなぐプロジェクト進行中。ライターとして教育・国際協力の記事も執筆。

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